蛍と蛍
1出会い
尊敬する先輩の一言で医者になると決め、高二の春からカナダに留学した
そして、この2年間ひたすら勉強した
まず当たり前だが、ぶち当たったのは言葉の壁だった
ここケベックは英語ではなくフランス語がメインだ
毎日が不自由極まりない
しかし、2年も経つと
随分とこの暮らしにも慣れて余裕が出てきた
最近では息抜きと称し、オンラインでゲームを始めた
ギルドの連中とのやり取りや共闘は
本当に楽しい
日本人ばかりのギルドでボイチャで聞く日本語は懐かしい
しかし日本との時差が13時間もあるから
俺が一通り課題や身の回りの事を終えて
ログインするとまともな人間は
学校ないし、仕事の時間だ
それでも中には廃人が必ず何人かいる
中でも飛び切りの廃人が「蛍」(ほたる)という
カンストの回復職だ
自称、不登校JK
真実かは分からないが親がいるからと
ボイチャは使わず
ひたすらチャットで対応する
にも関わらず、プレイ中も支援回復と完璧だ
立ち回りも話す言葉遣いも職に見合って
慈愛に満ち溢れ、知識も豊富でギルドの姫として皆に愛されていた
ログイン後即、パーティを組む時も引っ張っりだこで
あちらこちらから声がかかる
俺は持ち前のしつこい探究心と不眠不休で
始めて短期間でメキメキとLvがあがった
みんな、新たな廃人が誕生したと
冷やかした
そんなある日
みんなログアウトし、蛍と2人きりになった
何も出来ないからデートしようと
蛍がいった
ゲーム内の景色の良い場所に行って
色々と話をした
高レベルのモンスターが出るこの辺りは
高レベルでも回復職では中々1人で来れなかったから嬉しいと
蛍は喜んだ
俺は雪と名乗り重課金で真っ白な装備を揃えた
廃人とはいえ、まだ中堅Lvの前衛職だ
これを機に、どう言う訳かレベル差があるにも関わらず
ことある事に蛍は何かあれば俺に同行し世話を焼いてくれた
お陰で折れもスグにLvが上限まで上がった
メンバーの中には蛍のために課金アイテムを貢ぎまくり
カードが使えなくなった奴
最高難易度のボスからしかドロップしない
アイテムを複数貢ぐ奴
リアル嫁とバトルしてでも、蛍との
レイドに行く奴など…彼女の気を引きたい
熱狂的なファンがギルド内外に多数いた
…そんな奴らから俺は何をしたんだとか
方法を教えろとか
毎日DMの嵐だ
特別なことは何もしていないし
言ってない
寧ろ俺の方がアイテム分けて貰ったり
常に最高の回復と補助の手厚い保護も受けられる
「蛍…誤解だってみんなに言ってくれよ」
そう、ボイチャで伝えた
「私は雪が好きなの。だからこれから皆さん見守ってね」
今までチャットしかしなかった蛍が
喋った
皆声を失う
声までマジ可愛い。完璧な姫だった
「へー!ネカマじゃなかっんだな」
その俺の言葉に皆から怒号が飛んだ
本当に可愛い声だった
それから、俺と蛍は2人でゲーム内でデートを重ねた
たまに甘い雰囲気になり、モヤモヤすることもあった
今も正にその状況だ
俺の膝の上にキャラを重ねすっぽりと
足の間に蛍の可愛いキャラが座る
あの日以来ボイチャで話すようになり
ますます親密になった
「ね?雪…ゲーム落ちて通話しようよ」
「あ、あぁ」
2人でゲームを落とし
通話アプリに切り替える
そういう時は決まって蛍が迫ってくる
「ね…隆?蛍の事好きっ?」
ねぇねぇ…と甘ったるい声で
ヘッドホンの奥が溶けそうになる
「蛍もね、大好きだよ…雪」
マイクが近すぎて吐息まで甘く響く
「今ね、一緒に居たら…」
ヒソヒソと小声で自分の身体の状況をつたえてくる
それを聞いて俺も身体の芯が熱くなるのが分かる
「離れてても…出来ることあるから」
ね?っと可愛く囁かれた
「蛍の言う通りにしてね?一緒に気持ちよくなろ?」
有無を言わせず彼女の
思うままに俺は動かされた
2年間こんな生活が続いた
蛍はいつも俺に時間を合わせてくれた
ここまでしてくれ、言葉で気持ちを伝えてくれるし
おまけに可愛い声で囁いてくれるし…
好意を持たないハズがない
俺も時間が許す限り
蛍と共に時間を過ごした
卒業の目処がつき帰国の予定も1番に知らせた
「おめでとう。あのさ…空港に迎え行っても大丈夫?」
いつもの俺が寝るまでの通話で
蛍はそう言った
「いいのか?」
「うん。私の近くに住んでくれて嬉しいし
何より会いたいの」
帰国後すぐに医師免許や必要な資格を取るため、
それに先輩が精神科のクリニックを立ち上げた
そこでインターンとして勤めるつもりだ
ゆくゆくは父の病院に行くが
30までは自由に生きると約束していた
たまたま、インターンの病院と蛍の住まいが同じ市だった
「今まで、顔も見せなかったのにどうしたんだ?会いに来るなんて」
頑なに写真は見せないと拒まれていた
「うん、今はね、話せないけど
あったら、全部全部話すね」
涙声にも聞こえた
それからの数ヶ月はあっという間だった
明日、帰国する
2、蛍(けい)
入国ゲートをくぐると行き交う人達から
日本語が聞こえる
帰って来たんだと実感する
結局、蛍は迎えには来るが写真は送ってはくれず
そっちが送らないなら俺も見せないと言い
どちらも顔が分からない
お互い判別がつかない
どうするのかと聞くと
着いたら電話しての一点張りだった
さっそく、蛍に電話してみる
「着いた…うん、服装?黒のコートに…
そう黒。全部黒だ
荷物はショルダーバッグだけ」
「なんか話しにくいのか?風邪でも引いたか?」
大丈夫かと心配すると喉を痛めたと返ってきた
辺りを見回すが該当するような姿はない
俺の想像でふわふわした、可愛い系女子なんだが
流石に過剰に期待しすぎたか
それにしても電話を耳にしてる人物は
複数いるが…
1人こちらを見ている男がいる
「え?なに?白いコートに薄いピンクのパーカー…」
偶然かよ、あの男同じ色着てんじゃん
「今さ、偶然同じ配色の男がいるわ」
そう言って笑った
「今日、なんか無口だな…緊張してんのか?」
俺はニヤっとしながら向きをかえた
電話からは「ぁあ、くそっ…カッコいいな雪。
すごい緊張してる!」と聞こえた
同時に背中からすごい勢いで抱きしめられ
「雪…会いたかったよ」握ったままの電話と同じ声が
背後から聞こえた
何が起きたか理解できない
この声、聞き覚えがある
なんで抱きつかれた
後ろを振り向けない…
涙声で会いたかった…とまた聞こえる
蛍の声で
俺はそのまま「蛍か…」
と聞いた
「うん、そのまま聞いて。ほたるだよ」
固まったように身体は動かないが
背中で感じる激しい鼓動と
消え入りそうな涙声
「ごめんね雪。ずっと騙してて…でもね。好きなのは本当。だから謝りにきたの」
後ろの男は俺を抱きしめたまま
そういった
3、理由
先ずは父の寄こした迎えに
後日挨拶にいくと帰した
蛍とは
空港に隣接のホテルの
ラウンジで話す事になった
大きなガラス越しに
見る久しぶりの日本の
空はゆっくりと赤から青に変わりだした
蛍と名乗るこの男、落ち着いゴールドの髪に
白い肌
モデルとしてもやって行けそうな
端正な顔立ちだった
それが俯き、俺を直視出来ないらしい
かれこれ10分ほどこうして俯いたままだ
注文したダージリンもカップに移さない方は
コーヒーのような色になった
俺は久しぶりのあんこたっぷりの和風パフェと
コーヒーを完食した
「話す気ないなら、帰るか?」
俺も予定があるんだと付け加えた
「ごめん…本当に悪いと思ってる」
相変わらず俯いたまま
ようやく聞こえるくらいのボリュームで
蛍は呟いた
「俺、近藤蛍(けい)…ほたるって書いてけいって言うんだ」
「なるほど、だからハンネがほたるか」
「とりあえず何言っても聞くから話せよ」
俺がそういうと蛍は目に涙をたっぷり貯めて
頷いた
「びっくりさせたよな。…分かると思うけど、男より女キャラの方が
チヤホヤされるし、アイテムは貰えるし…それでネカマやってたんだ」
「やっぱりボイチャはバレると思って、
やってなかったんだけど
雪と話したくて…練習したんだ。
可愛い声が出るボイチェン使って…」
両腕で震える腕を抑えるように交差させる
本当に悔いているようだし
嘘を言ってるようにも見えない
何より2年も毎日話し、それ以上の
関係でもあった…
この「男」の言葉を少しでも信じたかった
俺はため息ひとつ付くとテーブルの上の伝票をとり
「ここまでどうしてきた?車か」
蛍は一瞬だけこちらを、向いて首を横にふった
「空港までのリムジンバス」
思わずため息が出た…迎え待たせとくべきだった
「今から俺のマンションまで連れて行け。続きは車中で聞く」
会計を済ましてバスの待合所に向かった
本格的に自分の後を継ぐと留学を決め
飛び級までして卒業した
それに相応しいと父が選んだ卒業祝いは
一等地にある高層マンションの最上階の部屋だった
バスターミナルからそう離れてはいなかった
既に送った荷物も片付けてあり
今すぐ生活が出来るようにしてある
「…雪って何者?!」
空港からここまで30分程の道のり終始無言だった蛍は
部屋に入るとようやく口を開いた
「俺が1番びっくりしてるわ」
人感センサーで灯りが付くと
2人揃えて声が出た
30畳はあるだろうか
俺の指定したコンクリ打ちっぱなし風の
リビングにル・コルビジェの応接セットがおかれ
全て内装は黒と理想通りに仕上がっていた
「いい部屋にしてくれたな」
鞄をソファに置き蛍にも向かいの
3人掛けの方に座るように言った
「少し確認してくるから」
「一緒にいく…」
慌てて立ち上がり寝室、キッチン、バス、トイレと俺に着いて全て見て回った
何よりリビングの広い窓からは
素晴らしい夜景が広がっていた
「まるでドラマ見てるみたいだな」
蛍は外を見ながらポツリと呟いた
長旅の疲れもあるし、シャワーでも浴びて
ベッドに潜り込みたいが
…こいつがいる
話をしようとすれば、涙ぐんだり
黙ったりと埒が明かない
どうしようかと思案している隣で
ぐーっと腹が鳴る音がした
「悪い…昨日からまともに食べてなくて…」
蛍はあたふたしながら腹を抑えた
「そうだな、俺も和食が食べたい…居酒屋とかないか?」
地元だろ?案内しろよと蛍に言うと
初めて笑顔を見せ深く頷いた
マンションから程なく、繁華街があり
蛍が案内したのは地味な店構えの焼鳥屋だった
個室がちょうど空いたと座敷に通された
とりあえずビールと串盛りに、だし巻き卵、
揚げ出し豆腐、唐揚げと他にも
居酒屋の王道を頼んだ
酒でも入れば少し話す気にもなるだろうと
思った
「さて、けい…」
早速来たビールを持てと手渡し
「…2年間ささえてもらった。感謝してるよ
こんな形だが…出会いに乾杯だ」
少しはにかんだ顔で蛍は軽くジョッキを上げた
「ありがとう、雪…けいじゃなくてほたるがいい
俺も雪ってこれからも呼びたいから」
向かいに正座し顔を見せないように、横を向いて小声で言った
「なんでそのまま、ネカマで終わらせなかったんだ?不思議でしょうがない」
1番に来たイカの一夜干しを摘み一味マヨに
付けて口に入れた
「おかしいと思うだろ…でもどうしようもないくらい…雪が好きなんだ。今、この瞬間も
…初めてパーティ組んだ時から」
「男なのに、俺どうしたんだって何度も諦めようとしたんだ。でも、無理だった」
堰を切ったように話し始めた蛍は
涙をながしながら、時折声を詰まらせた
可愛い事を言うが疑問だらけだ
「俺の質問に先ずは答えろ」
こくりと頷くのを確認して聞いた
「引き篭もりのJKは、本当は幾つで仕事は?」
グッとビールを流し込んで意を決したように
顔を上げ
「歳は今年で26…学生の時は期待されて個展までやったが、売れない画家ってヤツだ。」
「俺より4つ上か…敬語使うか?」
今のままでいたいとそのままで居てくれと
懇願された
なるほど、だからあれだけ時間を作れたのか
納得して次の質問に移る
「で…なんで俺なんだ」
串揚げやら、だし巻き卵やら色々届き
蛍に取り分ける
「ありがとう…そんな所だよ、雪」
小皿に分けた焼き鳥を涙を浮かべながら
勢い良く食べだした
「いつもさり気ない優しさが、すごい素敵だと思ってた。
雪の気の使う程度が心地いいんだ
覚えてるか?
2人で初めてデートした時。俺守る事に必死で…。そこにも魅かれた
何より声が好きだから…」
三本目の焼き鳥を平らげて
潤んだ目でこちらを見据えた
「会ってみたら、ゲームの自キャラそっくりだとか…その上、あの部屋。もうチート級だ」
「…い、いや、俺が凄いんじゃない。親の金だ。まだ、稼ぐことも出来てない。
ある意味蛍は自分で稼いでるんだ。尊敬する」
蛍の目から涙が溢れて
「雪…罵倒されても当然なのに、なんでそんな言葉をくれるんだ」
俺は慌てて拭くものを探したが
見当たらずおしぼりを渡した
ありがとうと泣きながら受け取り
顔に当てた
こりゃ全部聞くには相当時間がかかりそうだ
先が思いやられる
腹も満たし、店を出た
とりあえず聞きたいことは聞いてみた
要点を纏めると
◎氏名 近藤 蛍(こんどう けい)26
◎職業 自称 売れない絵描き
◎ネトゲではアイテムが欲しいが故ネカマを演じた
◎俺に対しては他意はなく純粋に好意を持った
◎同性だと言うことでかなり悩んだが気持ちを伝え謝罪したい
このまま俺を騙す事がどうしても許せなかった…と、言うことらしい
聞く限り泣きながら謝罪したり
声を詰まらせたり
演技には見えなかった
何よりこの、はにかんだ後の笑顔…
だんだん、怒るのも馬鹿らしく感じてきた
好きだと力説する割には近づいてもこないし
むしろよそよそしく
話す時も中々直視しない
今もマンションまでの帰り道、喋りもせずフラフラと先を歩き指で方向を指す
なんとも癖が強い
信じたい気持ちが揺らぐ
こんな調子でマンションまで辿り着き、立ち止まって時間を見ると23時を回っていた
こんな時間だし、帰ると言うだろと思っていた
しかし、蛍からは何も言わない…俺が切り出すか
「…言いたい事も分かった。ゲーム内の会話も何もかも今まで通り。ギルメンにもバレないようにやるよ」
ネカマも公表しないと約束すると伝えた
蛍の反応は意外なものだった
「せっかく会えたのに…もう離れるのか」
また、涙を浮かべる
「俺に謝りにきたんだろ?もう、謝罪も受けた。今後の取り決めも約束も交わした。十分だろ?」
俺の言い分にそうだけど…とたじろぐが
うんとは言わない
「雪…お願いだ。今日だけでいいから
1晩一緒にいさせて欲しい」
「それに、鞄も雪の部屋に置いてきたんだ…もう、この時間だと変える手段がない」
エントランスの前でやり取りも恥ずかしいし
鞄があると言われたら追い返す訳にも行かない
住所もバレたし、変な別れ方をして後々嫌がらせされても困るし
念書の一筆でも認めるか
「今日キャンセルした分、明日は忙しいから構う暇ないからな…今夜だけだぞ」
この一言で俺の人生が大きく変わった
リアルな夜
気まずい
ボイチャではあんなに盛り上がったのに
リアルでは全く喋る気はないらしい
リビングのソファに向かい合っているが
顔さえ合わせない
「何のために帰らずいるんだか…」
そう言うと、ちらりとこちらを見て
ペットボトルの烏龍茶を1口飲んで置いた
もう、日付けが変わる
「風呂入るか?お湯貼りしたが」
こくりと頷き、何か言いたげな顔をした
「何だ?」
蛍はまた、俯きながら呟いた
「…」
「こっち向いて話さないと聞こえねー」
強めに返すと慌ててこちらを向いて
目をギュっと閉じ
「そっち行っいい?隣に」
全く何を考えてるか理解できない
「好きにしろ」
言い終わらない内に俺の右側に座り
ごめんと腕を組んできた
一瞬身構えたが上目遣いで見上げられて
腕の力を抜いた
立った時、俺の顎あたりに頭が来ると言うことは
175cmくらいか
「雪…大きいよな。身長…何センチ?」
奇しくも同じ事を考えて居たらしい
「190あるかな」
「俺は174cmで小さいとは思った事無かったけど、雪といたら世界が変わるなぁ。色んな意味で」
安心仕切ったこの表情
あっちのソファに居た時とは
別人のようだ
「今まで無言だったのは…まさか離れて座ってたからなのか?」
また、上目遣いで頷く
「せっかく一緒に居られるのに、離れてるのが耐えられない」
更に抱きしめた腕にチカラを入れた
「…」
独特すぎる感性、着いていけない
「せっかく一緒に居られるのに喋らないのは?」
蛍はハッとしたように目を大きくした
そうだなと…今頃気がついたらしい
「先に風呂行け」
「嫌、雪がこの部屋に来て初めて使うんだから
俺は後で良い」
妙な気は回るらしい
「じゃ先に入るから、その間こっちで
TVか映画でも見てろ」
キッチンの左手の奥にプロジェクターがある
そこまで蛍を連れてきて座らせた
「ここから動くなよ」
リモコンを手渡し風呂に向かった