雨の日の夜
※「BLシェアハウス」ではTwitterの仲間5人で対話形式で
物語を進めています
住人が登場する場合があります
__雨の日の夜______________________
クラブに先生と行った
つい嬉しくて飲み過ぎた
挙句、僕の不注意で先生に怪我まで追わせてしまった
この数時間この言葉ばかりを反芻していた
偶然にもシェアハウスの住人が通りかかり
僕をタクシーに乗せ,ケガをした先生に付き添ってくれた
マンションにたどり着きはしたが心配で生きた心地がしない
僕のせいだ…僕のせいだ…
繰り返しそう考える
また悪い病気が出始めた…先生に怒られる
そう考えると悪循環…
酔いと、この考えを覚ますためにシャワーを浴びて
服を着替える
そうだ…先生の所に行ってみよう
シャンプーの泡を慌てて流しシャワールームから飛び出した
まだ酒も残っているし車ではいけない
タクシーを呼んで先生のシェアハウスまで行くことに決めた
車窓を流れる灯りをぼんやり見ながら
色んな事を考えた
連絡すると絶対に来るなと言われる
だから連絡は出来ない…でも迷惑かけたら…
ダメだ…もう、なるようになれ…
雨粒がパタパタと
窓を打ち付け始めた
先生の住むシェアハウスは繁華街を抜けて少し行くと閑静な住宅地がある
緩やかな坂を登ると角地にひときわ大きな一軒家があった
白い外観に漆喰で出来た門には洒落た文字で
ルーチェと書かれていた
…ここだ
タクシーを下りるころには本降りになっていた
ここまで来て迷う自分の甘さが嫌になる
行くって決めただろう…そう思いながらも建物とは逆に来た道を戻っている
今行っても他の住人にも迷惑になる…
そう言い聞かせながらも口元を抑えた先生の姿が思い出される
そうだ、僕のせいなんだ
踵を返しまた、緩やかな坂を登る
門の前で立ち尽くしていると
冷たい雨が頬を伝い落ちる
覚悟を決めてインターホンを押した
「はい」
帰ってきた声は聞き覚えのある声だ
「あの…せん…いえ、雪村さんはいらっしゃいますか?」
思いもよらず声が震えた
10月終わりの夜の雨が体温を奪うのは早かった
少し待ってくださねと返事が聞こえ雨音に開錠の音が交じる
ドアが開き出てきたのは先日、香水を作ってくれた湊さんだった
「ずぶぬれで…早く入ってください」
先に中に入ったかと思うと、ふかふかのタオルを僕の頭にかぶせてくれた
家具を濡らしてはいけないとお礼を言い必死に拭いた
水滴が落ちないかなと確認していると湊さんがこっちにと手招きをする
玄関ホールを右に曲がりそこのドアを開ける
そこは洗面所とランドリールームと脱衣所も兼ねた部屋だった
「さっきお湯はりしたのですぐ入れるはずです。風邪ひくと大変だから」
まずはコートを脱いでと言われ脱衣籠に置いた
湊さんはドラム式の乾燥機を指さし
「下着だとお風呂入ってる間に乾きますから使ってください」
そう言って、さっき脱いだコートを持って僕を脱衣所に残し
湊さんは出て行った
そうは言ってもらったが
コートがカバーしてくれたのかパーカーの一部とパンツの裾ぐらいで
下着は無事だった
湊さんの心使いは無駄にしたくないので
浴室を借りた
広くてゆったりとしたジャグジーにシャワーブースが別にしてある
お洒落なつくりだなと感心した
広い浴槽の隅っこに座り
先生もここを使ってるんだなとぼんやり考えた
すっかり冷えた体も温まり浴室を出ると新しいタオルと
バスローブが茶色の置いてあった
そして僕の服が下着と鞄を残して消えていた
少しだけ丈が短いが用意してもたったんだからと袖を通した
ふかふかで着心地がすごく良い
それにいい香りだ…
鞄を抱えさっきの廊下を戻る。恐る恐るリビングのドアを開けた
すぐ湊さんが
「ここに座っててください。温かい物でも淹れますから」と
白い一人掛けのソファに案内してくれた
火で温まるといけないのでスマホはテーブルにありますと
勝手に触ってごめんなさいとお詫びを言われた
お店で見た時もシックで素敵だったけど
ゆったりとした部屋着も似合っている
「もう遅いからノンカフェインのハーブティにしました。自家製なんですよ」
そう言って暖かい笑顔と紅茶をくれた
「こんな夜分にお邪魔して、申し訳ありません。その上お風呂まで」
部屋の時計は22時を少し回った所だった
レモングラスの爽やかな香りが今まで高ぶっていた気持ちを落ち着かせてくれた
少し砂糖を入れて飲みやすくしてくれたんだな…
「すごく美味しい…温まります」
精一杯の笑顔を作って湊さんにお礼を言った
「他の住人は自室にいるので気にしないでください」
湊さんは僕の服を暖炉の火で乾かしてくれていた
もう少し前したら乾きますよと微笑む
「隆さんはまだ帰ってないんですよ…帰らない日もたまにあるので…」
電話はどうかと尋ねられたが躊躇う様子を察してくれたのか
湊さんは大きなソファに腰かけて一緒にお茶をしましょうと
先生が焼いたというビスコッティを持ってきてくれた
「先生が…?これを?」
甘いものがない時は簡単に出来ると言って焼くんだと教えてくれた
湊さんと話していると、さっきまでの不安が嘘のように和らいでいく
いつも先生と居られて羨ましいと思っていた自分が恥ずかしい
先生や航君の話をしているとあっという間に30分もたっていた
「すみません…そろそろご迷惑になる時間ですし、お暇させて貰います」
そう言って席を立とうとした時電話が鳴った
湊さんに断りを入れて出るとマネージャーだった
毎夜欠かさない定時連絡だ
通院前から僕の病状を気にかけこの時間に毎日連絡が来る
「はい、先生のお宅に…いえ、不在でした…」
全部を聞かずに電話が切れてしまい
湊さんと顔を見合わせているとまた電話が鳴った
着信は先生からだった
すぐ近くにいるから少し待ってろとだけ伝えきれてしまった
言葉の通り5分ほどで玄関のロック解除の音が聞こえた
「帰ってきましたね」湊さんはそう言うとリビングのドアを開けに行った
僕も立ち上がり後方のドアへ近づく
一緒に帰って来たのは…よくTV局で見かける人だ
一体このシェアハウスはどんな人たちの集まりなんだろう
2人は濡れたと言いながら水滴を払う
「湊、世話になったな」
やはり二人も随分雨にぬれていた
「今日は二人で飲んだんですか?」そう言った後
湊さんがタオルを用意すると言うと先生は風呂に行くと言った「あぁ、偶然会ってな。天野、上の風呂を使うか?俺は1階のを使うわ」
「了解っす」…と上下関係の明らかな会話が聞こえた
いらないと言われたが、湊さんはすぐに二人にタオルを用意して
「家中、水浸しになっちゃいますから使ってください」と差し出した
先生は受け取りながら濡れた長い髪をかき上げ笑顔で湊さんにお礼を言い
着替えを取ってくると姿を消した
階段を数段登ったところに居た金髪の人も水滴を滴らせながら
「悪いな」と湊さんに軽く礼を言い、僕にも会釈をして二階に急いで上がって行った
「お茶…入れ直しましょうか」
にこりと微笑む湊さんにつられて
「はい」と思わず笑顔で答えた
キッチンに向かう後ろ姿を見ながら
不思議な魅力がある人だと改めておもった
一旦、自室に戻り、髪をまとめ上げて片手には着替えを持ち
慌てて階段を降りてきてた
「しっかり温まってきてくださいね」
カップを握り、目を閉じたまま振り向きもしないで
湊さんは通り過ぎる先生に声をかけた
それに後ろ手を上げて答える先生
この絶妙な意思の疎通感…
穏やかな空間なのに疎外感で居た堪れなくなる
湊さんは特別な存在なのかな…
来る前とはまた違う感情で押しつぶされそうになる
確認もできていないのに…なんて面倒な性格なんだ
何度も自分が嫌になる相変わらず隣では静かに湊さんが微笑む
綺麗な人だな…失礼だけど本当に男性なんだろうか
「少しだけ雨が落ち着きましたね」
湊さんの言葉で我に返った
「…よかった」
ソファに腰かけたまま窓の方に目をやった時
先生の待たせて悪かったなという声が聞こえた
黒と白のゆったりとしたラフなスエット
髪も半乾きでタオルで拭きながら僕の後ろを通りキッチンに向かった
「湯船につかり過ぎて喉が渇いた」
そう言いながら冷蔵庫からコーラを出して
暖炉の横の黒いソファにどっかりと腰を掛けた
「では、俺はこれで…」
先生が座るのを見届けるように湊さんは席を立ち
ごゆっくりと花のような笑顔を僕に向けてくれた
「遅くに…色々お気使いを頂まして。ありがとうございました」
僕も立ち上がり頭を下げた
「俺もお話しできて楽しかったですよ」
「また色々と教えてくださいね」
少し顔を寄せ声を潜めて、それでいて先生にしっかり聞こえるように
僕の耳元に手を当て、いかにも内緒話をしているように見せた
「あー…俺の悪口か、楽しそうだな…」
先生は天井を見ながら投げやりに言う
「良い夢を…」と言い残し階段を昇って行った
湊さんの姿が見えなくなった途端、先生は姿勢を前傾に変えて
で?どうしたんだと真面目な顔で問いかけた
僕はいきなり表情を変えた先生にどぎまぎして言葉を詰まらせた
「あ・・あの」
右の口元は小さいが赤黒く痣が出来ていた
「あの…怪我は…僕のせいで」
ニヤリと口元を上げて先生は笑った
この笑い方にいつも心臓が跳ね上がる
「それよりさ…その恰好。丈合ってないからすごい艶めかしいんだけど?」
そう言うと立ち上がり先生がこちらに向かってきた
「服乾いてないなら俺の着ろ。サイズ合うはずだろ」
コートを触るとまだ部分的に濡れていた
「パーカーとパンツはほぼ乾いたので…」そこまで言うと先生は僕の腕をつかんで
階段を登り始めた所でこちらを振り向き
「濡れたの着て風邪ひくより俺の服着ろよ?俺のいやか?」
首を横に振るのを確認すると
ずんずんと階段を上がり電子ロックを解除して
先に僕を部屋に入れた
静かにドアを閉め、すぐそばのソファに行くように言われた
先生はそのままクローゼットに入って黒とグレーの上下を出してくれた
黒しかねーんだよ…バツが悪そうに服を僕の方に放り投げてくれた
ばさりと頭の上に落ちる
「ありがとうございます」
「飲み物取って来るから着替えてろよ」そう言って
先生はまた出て行った
落ち着いて考えるとここは先生の部屋…
綺麗に片付いてる
いつも寝てるベッド
いつも使ってる鞄も
見たことのあるコートも
…全部全部先生のだ
借りた服を抱きしめながら改めて部屋を見回した
この数時間先生以外の事を考えていない
「重症だな…僕は…」
思わず本音が口を突いて出た
はっと思いだし慌てて黒に太めの白ラインの入ったスエットパンツを履いた
残ったのは白のロンTに濃いグレーパーカー…普段の僕のスタイルに近い
僕の普段来ている服装を覚えててくれたことが嬉しい
バスローブを脱いだ時、ドアが開いた
はっとして振り向くが先生は何食わぬ顔で
ビールと、さっきの飲みかけのコーラを手にTVの前のテーブルに置く
「寒いならもう一枚羽織るか?」
先生はクローゼットに足を向けた
「いや、大丈夫!大丈夫ですよ」
十分ですからと付け加えながら
ようやくパーカーを着た
着替え終わると先生もソファへ
テレビに向かい並んで座った
これでいいかとビールを
僕に差し出し、自分はコーラを口に運ぶ
「で?そろそろ話してくれるか?」
色々舞い上がりすぎてすっかりこの話をされることを失念していた